国際ロータリー第2580地区 東京武蔵野中央ロータリークラブ 今週の卓話

「米山奨学生を終了して」(2014/03/06)

「米山奨学生を終了して」
米山奨学生 林 進祐さん


皆様、こんにちは。私はりん ちん ゆうと申します。今、私は東京大学の研究員で、専門はマテリアル工学です。2011年5月、私は初めて日本に来ました。アメリカから台湾の帰り道に、観光をしに東京に来ました。311の東北大地震は日本に本当に大きく影響したと感じています。その2年後に、私が東京大学の研究員になることは考えもしませんでした。米山獎學會と武蔵野中央ロータリークラブには大変お世話になり、ご支援をいただいたことにとても感謝しています。日本のみなさん、がんばりましょう、台湾もがんばりましょう、わたくしもがんばります。今日は私が日本に来てからの1年間について、東大での学び、生活、仕事をする中で日本と台湾の違いは何かなど、お話をしていきたいと思います。どうぞよろしくお願いします。
私はマスターの学位を卒業した後は軍隊に入りました。台湾では基本的に男性はみな2年間軍隊に入ります。ほぼ720日を軍隊で過ごしました。それを終えてからは台湾の新竹にある工業技術研究院にて働きました。これは日本でいうとつくばや仙台のような有名な工業都市です。私はその中でも医工学センターにて働きました。内容としては、バイオマテリアルと薬物送達等の工学や化学関連の研究開発です。この研究院は日本でいう理化学研究所と少し似ています。ここでの日々は私の人生においてとても貴重な時間でした。この期間に私は結婚をし、30歳と33歳のときには2人のやんちゃな息子を授かりました。研究院で働いた後、大学に戻って勉強をしさらに自分を高めることを決意しました。私は、ニューヨーク州立大学のstonybrookキャンパスの博士プログラムに応募しましたが、奨学金の支援がなかったため、私は最終的にあきらめることになりました。そして新竹の清華大学の博士プログラムで勉強するために戻ってきました。少し後悔もありましたが、同様に得たものも多かったと思います。たとえば現在、日本の東京大学で勉強することができていること。これもまた、重要な人生の転機です。この期間、私は、人工骨材料に関連することを開発し、薬物と遺伝子導入について研究をしました。かなりの時間を費やし、長庚記念病院で働きました、これは、台湾最大の医療グループです。頻繁にPET、SPECTなどの大型医療機器を使用しこれらの機器に精通しました。私の医療製品をより開発する目標の手助けとなりました。まず、私は日本のロータリー米山記念奨学会が私にチャンスをくださったことに感謝しています。留学の夢をかなえることができました。毎年ロータリー米山記念奨学会や台湾の海外学友会は日本での学びを支援するため台湾から1人の人が選ばれます。私はこれに選ばれることができたのです。わたしはこれを非常に幸せに感じています。
これからお話することは、私の東京大学での生活についてです。日本の友達と仲を深め、仕事をし、さらに日本を理解して、より日本が好きになりました。
キャンパスには多くの池が存在するように、東京大学では生態や環境、歴史的建造物を大事に残しています。また私が非常に驚いたこととしては、学生の国家意識と愛国心の強さです。彼らの表情により、第二次世界大戦の日本軍隊のカミカゼやサムライがどんなに勇敢に熱烈な戦いをしたかが容易に想像できます。たとえ彼らの話していることが理解できなくとも、その雰囲気で伝わることができました。また、競争の激しいこの大学内では多くの文化や学生団体があり、興味深い研究も多く行われています。外国から来ている人も多いので、自分とは違う国の人たちとも知り合うことができます。
続いて私の作業環境を紹介したいと思います。実験室や動物研究室、実験装置など。私が必要とする設備はすべて大学内にありました。他の大学と協力し、他で研究する場を設ける必要はありませんでした。これは台湾との違いです。台湾では貴重な設備は大学間で共有しており、研究は多くの場合異なるエリアで行き来をして進行する必要がありました。この点に関してはお互いに利点欠点がありました。
続きまして、私の研究テーマと現在の進捗成果についてお話したいと思います。私の研究テーマは老人の認知症の治療についてです。現在は動物実験の結果基本的な結果が得られています。私たちは動物の脳内にあるアミロイドβの量を減らすことができます。アミロイドβとは毒性タンパク質であり脳の神経を破壊するので、認知症の原因になっていました。この神経の破壊を阻止し認知症の進行を遅らせることができたら、認知症が深刻になることが防げます。これはまだ認知症治療の小さな進展ではありますが、この研究課程で私は東京大学で薬物単担体の作成やポリマー製造技術を学習したため、現在の仕事にとても助けになりました。
最後に東京大学での生活についての感想です。日本人はなんにでも向き合う熱意を持ち、野心と意志力、期待と使命感があります。これは称賛に値するものだと感じます。台湾では現在「おしん」という戦後日本がどのように建てなおったのかを伝えるTV番組が放映されています。日本人の働く態度はその時のものと依然として同じようなものだと私は感じました。それは物事に対して非常に一生懸命で、強い意志をもち、苦難に耐える特徴です。  
では、これからは私の生活をとりまく環境や毎日の通勤で観察した日本についてお話いたします。これは日本の全体への印象ではありません。あくまで私の身の回りについてです。夜10時には仕事帰りの人であふれた電車を見かけることができます。言うまでもなく朝も。彼らは朝8時ごろから出社して、夜は11時ごろに帰宅するという、台湾から来た私には想像することもできませんでした。日本人は苦労して働き、世界からも勤勉で勤労な人々だと呼ばれました。日々の通勤途中では、雨の日も風の日も、寒い日も暑い日もいつも街角で一人さびしく仕事をしている雑誌の販売員を見かけていました。私が雑誌を1冊買うと大きな声で深々お辞儀をいてお礼を言います。公園や地下通路で孤独な老人を見ることも多いですが、日本は世界において、高齢者や子供の福祉が整った非常に良い国だと思います。
最後に、私自身が東京大学での研究が終わり、台湾に戻った時の、自分への期待です。私が東京大学での研究を終え、台湾に戻ったあとは技術などをこちらで学ぶことができたので、これを台湾で引き続き広めていきたいです。将来は台湾で大学院の教授の仕事をしたいと思っております。新しい医療材料を開発するのが私の夢です。私の一生の間で、少なくとも1つ、最先端医療製品を開発したいと思っています。私の家族や台湾のためにすこしでも貢献をしたいと思います。これから皆様にはいろいろ教えていただき、頑張っていきたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。ご静聴いただき、ありがとうございました。

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