国際ロータリー第2580地区 東京武蔵野中央ロータリークラブ 今週の卓話

「武蔵野市の空襲と戦争遺跡」(2016/9/8)

「武蔵野市の空襲と戦争遺跡」(2016/9/8)
小松由美さん(紹介:鈴木育男会員)


 戦後71年の夏ももう終わりを告げました。今の平和な日本で、私達が戦争を意識するのは、8月の暑い夏の時期位のような気が致します。私自身も高度成長期の時代に育ったからでしょうか、周りの大人は暗い戦争の時代をあえて口にするのを避けるかのように、話を聞くような機会もなかったように思います。それでも私の子供時代には、まだ吉祥寺の街に義足や義手を脇に置いて、アコーディオンを弾きながら路上に座っている復員兵の方がいらっしゃいました。子供の私にとってはただただ恐ろしいばかりでしたが、成長とともにあれが戦争の姿だったのだと記憶に刻まれています。五感で感じるというのはとても大切なことで、ただ聞いただけの話より、目で見たもの、触れてみた物への印象は格段に違うと思います。お話の中でも申しましたが、初めてサイパンに旅行に行ったときに、公園の中に実際に戦争に使われた戦車がオブジェのように置かれているのを見ました。すっかり錆びて朽ちているその中に泥がたまり、青々と草が茂っているのを見た時、これが平和というものかも知れないと思いました。時間を経た戦争遺跡にはそういう力があるのだと思います。
 私が中島飛行機の存在を知ったのは、大人になってからでした。それでも生産した飛行機が試運転を行う飛行場のようなものだと勝手に思い込んでいて、周りの道幅が広いのは滑走路だったからだなどという噂話を信じていました。2013年に、興味を持って参加した旧変電室の見学会で、ものすごい衝撃を受けました。自分が生まれ育った武蔵野の地に軍需工場があり、それにまつわる沢山の歴史があったという事を初めて知ったからです。ちょうど武蔵野の歴史に興味が湧き始めた時期でしたので、見学会を主催した「武蔵野の空襲と戦争遺跡を記録する会」にすぐ入会し、活動に参加し始めました。会のほとんどの方は、当時学徒動員として従事されていた方や戦争経験者で、貴重なお話はいつまでもずっと聞く機会があるわけではない事、今聞いておかなくては次の世代にどうやって伝えて行くのだろうという疑問も感じるようになりました。
 私は専門家ではないので、戦争の事だけを深く掘り下げて勉強しようと思っているわけではありません。自分が生まれ育ったこの武蔵野の歴史や、街のことを理解して、次の世代に伝えるお手伝いが出来たら良いと思っています。武蔵野の歴史を考える上で、中島飛行機と戦争にまつわる話は欠かすことはできないと思います。勉強し始めて数年、まだまだ知らないことばかりですが、自分の知識を深めることで、初めて人に話すことができるようになると思います。
 近頃は市内の小学校でも、自分たちの住んでいる所にどんな歴史があるのかを教える機会がなくなりました。子供達は、自分の住んでいる街のことをほとんど知りません。自分の街の歴史を知ることで、さらに愛着がわくのだと思います。吉祥寺の駅前商店街で育った私だからこそ出来ること、そんな活動をこれからも続けていきたいと思います。

 この度は貴重な機会をお与えいただき本当に感謝しております。ご紹介いただきましたらかんスタジオの鈴木会長様、素晴らしい場を与えて下さいました東京武蔵野中央ロータリークラブの皆様、本当にありがとうございました。

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