国際ロータリー第2580地区 東京武蔵野中央ロータリークラブ 今週の卓話

「ろう者から見た映画業界」(2018/1/18)

「ろう者から見た映画業界」(2018/1/18)
牧原依里さん(紹介 大津昭宏会員)

皆様、初めまして。広告代理店の特例子会社、博報堂DYアイ・オーで働かせて頂きながらも個人事業主でもあります、映画作家の牧原依里と申します。普段から日本手話で話させていただいているため、手話通訳者の熊木洋子さんにお越しいただき、読み取り通訳をお願いしております。30分と短い時間ではありますが、今日はどうぞ宜しくお願いいたします。

映画業界についてお話させていただく前に、簡易な自己紹介をさせていただきたいと思います。私は皆さんがご覧の通り、ろう者です。ろう者とは何者かと言いますと、皆さんが日本文化を身につけて育って来たように、ろう文化を身につけた、手話を言語として生きる者です。手話が言語ということを知らない方もいらっしゃるかと思いますが、実は手話は音声言語と対等にあると世界の言語学会で言語として認められているのですね。これもあまり知られていないのですが、実は私が今話している日本手話の文法も日本語とは異なっています。

私の両親もろう者でして、ネイティブとして育って来ました。日本語は生まれた時から読書や映画などの日本語字幕を見て覚えてきました。世間では聴者ーいわゆる健聴者のことですね。ろう者の間では聴者と呼んでいますー聴者が自分たちとの区別として「聴覚障害」が使われていますが、私がいる世界では、耳が聞こえない人に障害があるという概念がない故に「聴覚障害」よりも「聴者」「ろう者」「難聴者」などで呼んでいる人が多いです。

そんな私が小学3年にろう学校から普通学校に転校したのが聴者の世界との初めての出会いででした。友達の作り方や言葉への受け取り方などで色々カルチャーショックを受けました。聴者との文化の違いを体感しながら育ち、「ろう者」とは何か?「人間とは?」ということを常に自問しながら生きて来ました。その後に社員のうち30%が耳が聞こえない人で構成されている博報堂DYアイ・オーに入り、聴者も手話を使うという環境に恵まれて来ました。そのまま働くかと思いきや、私に大きな転機が訪れます。それは5年前のイタリア・ローマに旅行に行った時です。奇遇にもローマ国際ろう映画祭が開かれており、貸し切った大きな映画館で、世界中からろう者が集まり、ろう者が撮った映画が上映されていたのです。小さい時から映画を観るのが好きだった私にとって、その出来事は今までの私の固定概念を覆す衝撃的な体験でした。今の時代はろう者でも撮れるのだという喜びと、『映画』を通して誰もが参加できる開かれた場が可能なのだという昂揚感が私を包み込んだのです。

帰国後に私は早速映画学校に入り、映画を作る方法を学びました。そして2年前に「ろう者の音楽」をテーマにしたアート・ドキュメンタリー映画の『LISTEN リッスン』を舞踏家という日本独特の踊りをするろう者の雫境さんと一緒に作り、配給されました。この作品は文化庁メディアアート芸術祭のアート部門の審査委員会推薦に選ばれ、外国でも注目を集めています。この映画がきっかけで私は映画業界に踏み入れることになりました。


LISTEN リッスン』について内容を少し説明させていただきますと、この映画は私が小さい時からずっと持っていた疑問がスタートになっています。聴者たちから「ろう者の世界には音楽がない」「音楽がないと人間が育たない」と言われ、「じゃあろう者は人間になれないの?」といった疑問を漠然に感じたりしてきました。ただ私は小さい時から手話に囲まれ、彼らの言語である手話や身体性から音楽のような非言語の要素を感じ取ってきたので、自分の実感からその存在は必ずあると確信していました。聴者にとっての音楽がろう者の世界にないだけであって、ろう者にとっての「音楽」は認識されていないだけで実は存在するのではないか?という問いからこの映画を撮ったのです。この映画は58分間無音の映画で、出演者もスタッフも全員ろう者です。最初は身内だけの上映会で終えるだけのつもりだったのが、様々なご縁があってこの映画を配給していただけることになり、映画業界をデビューしました。元々映画制作を目指していなかったのに、ひょんなことからこのようなことになり、大変不思議な縁を感じています。

映画業界に入って感じたことは、この世界は聴者の価値観で成り立っているということでした。例えばこの作品にしても「聴者にわかりやすいように作ってほしい」と聴者に合わせることを強いられることもあり、社会福祉的な視点で解釈されてしまうこともしばしばありました。しかしその同時に「今までにない提示の方法でろう者の世界をもっと知りたくなった」とおっしゃっていただける方もたくさんいらっしゃいました。聴者がマジョリティであるこの世の中で、ろう者であるアイデンティティを通しての表現を突き通すことがどんなに困難なことなのかを実感したとともに、だからと言って全て合わせる必要はないのだと、色々な聴者からのご感想によって考えさせられました。マジョリティといっても、彼らも一人の人間であり、様々な価値観があり、場合によってはひょっとしたら彼らもマイノリティなのかもしれない、とも考えました。また、今までろう者には難しいと思っていたことが実はろう者でも可能だということを映画業界に入って感じました。今思えば、自分自身で自分の限界を決めつけていたのだと思います。例えば映画の買い付けです。映画は国際映画祭で買い付けられることが多いのですが、基本的に英語字幕が付いていますし、メールでのやり取りもできます。英語さえできれば、映画配給に携わることも不可能ではないのです。実際に1つの作品を買い付けました。ろう者の生活を追ったフランスのドキュメンタリー映画で『ヴァンサンへの手紙』として今年の秋に配給する予定です。そういった意味で映画業界の器の深さを感じました。

映像という媒体は視覚で生きるろう者にとっても相性が良く、その手段として最適な媒体です。映画にはろう者や聴者にとっても様々な可能性があると感じ、そのための場として昨年4月頃に第1回東京ろう映画祭を設立しました。世界中のろう者にまつわる映画を上映したり、日本や海外の映画業界にいるろう者や聴者を招聘してシンポジウムを開催したりするなど様々な企画を行いました。『映画』をテーマにしたことで、普段からろう者に接点がない聴者たちも足を運びいただき、たくさんのろう者とともに観るという異世界を経験したと好感触をいただけました。2019年に第2回をやる予定ですので、もし良かったら足をお運びいただけると嬉しいです。

最近ITメディアなどの技術が発達し、ダイバーシティ社会の実現が可能になってきました。その恩恵で映像の流通が容易になっていることを当事者として実感しています。さらに発達していくことによって、1964東京五輪で発明されたピクトラムのように手話の言語性と非言語性がこの世界に新しいコミュニケーションをもたらしていくことも夢物語ではないかもしれません。その一翼を担えるよう、ろう者として映像と手話のポテンシャルをより追求していくとともに、多様性のある社会の実現に貢献できるよう精進してまいりたいと思います。 ご拝聴いただき、ありがとうございました。


 
  

 

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