国際ロータリー第2580地区 東京武蔵野中央ロータリークラブ 今週の卓話

「ひとりの震災遺児の今までとこれから」(2020-1-30)

「ひとりの震災遺児の今までとこれから」(2020-1-30)
ロータリー希望の風奨学生 久我理亜さん
(紹介 飯村雅洋会員)

【震災】

あの時私は14歳、住んでいた町は内陸部で津波は来ませんでした。しかしその時父は仕事で閖上にいました。避難所の成田空港に父はいませんでした。私はずっと避難所にいる父を想像していました。数日して父が瓦礫の下から見つかったと知らされました。

私は津波を見ませんでした。閖上にも、死体安置所にも行きませんでした。しかし頭の中にはそのイメージが今もずっと残っています。それをはっきり見たかのように、あの時想像したイメージが私の震災を記憶となりました。そして時々、上を向いて眠るときに焼かれる前に見た父の死顔を思い出します。3.11は東日本大震災、ではなく、交通事故や病気で親を亡くした子と同じように、私にとってはただ父を失った日です。地域の便りに載っていた犠牲者3人、そのひとりが私の父親でした。学校や町内会で気を遣われているのを感じました。

私にとって震災の話をするのは難しいです。他の遺児はみんな沿岸部の人たちで、当時は彼らの話を聞くたびに、私は父を喪っただけ、という気持ちになりました。でもその失ったことが私の人生を大きく変えたのは間違いありません。

【外国】

 16歳の時、震災遺児のプログラムでベルギーへ行きました。初めての外国、その時私はヨーロッパに恋をしました。19歳で初めて一人旅をしました。20日間ヨーロッパ5か国。安宿で出会った仲間と下手な英語で夜のピサを探検したり、ひとりでスイスの山に登ったり、ワクワクが止まりませんでした。バイトをしては旅に出ました。去年も3カ月間旅をしていました。旅とは体験型の勉強かもしれません。そして航空券を買うという事は自由を買うということでした。菜食主義やLGBT、宗教と歴史や芸術、いい言葉に悪い言葉、人種差別問題から教育の大切さ、そして何より「自分」について、旅は教えてくれました。いろんな人のいろんな生き方を見ました。だから私も私の生き方をしています。父が空から楽しそうに見ていられるような、映画みたいな人生にしたいです。

【将来】

 一昨年1年間セネガルにいました。最初、肌の色が黒い人が少し怖かったです。しかし私が出会った人たちは本当に明るくて優しくて、魅力的な人ばかりでした。この人たちが他の国に行くと差別される対象になると思うといつも悲しくなります。私のパートナーもアフリカの人で、去年の夏モロッコで一緒に過ごしたとき、初めて身辺で黒人差別を感じました。「こういうものなんだ」と彼は言っていました。「肌の黒い人は昔鬼と言われていた。色が黒いだけで悪い人だと言われていた。今は変わったはずだけど。僕はアフリカ人だから、簡単に他の国には行けないし、働かせてもらえない。白人だったら君に会いに行けるのに。いつもごめんね。」と一度電話で言われました。悲しかったです。全然平等じゃない。

 大学卒業後、秋から再度人種差別の多い国フランスの大学へ社会学を学びに行きます。全ての人がもっと平等で生きやすい社会になるために一生かけて何かできたらと思います。日本もこれから様々な人種の人々がやってきます。その時に彼ら側に立って、社会を変えていきたいです。

 震災で父が亡くなってから、様々な世界を見せてくれる大人に出会いました。震災がなかったら今の自分はいません。希望の風奨学金のおかげで、様々なことを学ぶ機会がありました。今後、支援してくださった方々が誇れるような、ひとりの立派な国際人になって、少しずつ世界を良くしていきたいです。

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